現在私は、大阪府監察医事務所と大阪はびきの医療センターにて、行政解剖の解剖技官として従事しております。
解剖技官である私にとって、実に関係深い2つの制度が近々導入されます。
2022年度より導入されるチャイルドデスレビュー(CDR)と、2021年4月より施行される「死因究明等推進基本法」です。
この2つの制度と切っても切れない関係にあるのが、解剖です。
そして解剖に伴う遺族の苦痛は、想像を絶する悲しみであることも知っています。
そこで、推進されるオートプシイメージング(Ai)についてもお話しようと思います。
2022年度から全ての子どもの死因を検証
厚生労働省は、2021年1月17日に、2022年度より全ての子どもの死因情報を収集し、検証する「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」を導入することを発表しました。
この背景には、子どもの虐待や不慮の事故で死亡することを防ぐ目的があります。
このチャイルド・デス・レビュー(CDR)では、死因を検証するために、解剖が必要となります。
そこで、まず知っているようで、実は詳しく知らない「解剖」からご説明したいと思います。
法医解剖の種類
まず、変死体が見つかった場合、犯罪の疑いがあるかどうか、検視官が検視を行います。
司法解剖
検視官の検視により、犯罪の疑いがある場合は、遺体を司法解剖に回します。
司法解剖を行うには、裁判所の許可が必要ですが、遺族の承諾は必要ありません。
この司法解剖は法医学者が行います。
他殺体だけではなく、自殺や事故による遺体も司法解剖の対象となります。
行政解剖
検視官が犯罪の疑いがないと判断された場合、その死因を解明するのが行政解剖です。
この行政解剖は監察医が行います。
行政解剖の目的は、主に公衆衛生学の解明です。
東京や大阪などの都市部では、死体解剖保存法に基づき、監察医が解剖を行い、遺族の承諾は必要としません。
しかし、監察医制度のない地域で行うためには、遺族の承諾が必要になります。
日本の解剖率の低さ
2018年に警察が取り扱った異常死(交通事故を除く)は約17万体でした。
そのうち、解剖された遺体は約2万体で、これは全体の12%にしか過ぎません。
世界の解剖率を見てみると、スウェーデンは約90%、オーストラリア、イギリスは約50%となっており、日本は先進国であるにも関わらず、非常に低い解剖率となっています。
この解剖率の数字が低い原因は、解剖医の少なさと設備にかける予算の少なさだと言われています。
解剖率を上げることで犯罪を抑止できる
国は解剖率を上げようと、令和元年6月12日、「死因究明等推進基本法」を公布、令和2年4月1日から施行することを決定しました。
この法の目的として第一条に、「死因究明等(死因救命及び身元確認)に関する施策を総合的かつ計画的に推進することで、安定で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され、個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与することを目的としている」とされています。
死因究明等推進基本法の基本理念は、死因究明と身元確認を行うことで、遺族等に死亡の事実を知らせ、生命の尊重や、死亡に起因する紛争を未然に防ぐことができるものであることとされています。
また、公衆衛生の向上及び増進に資する情報として、活用されることとなることも記されています。
そして、昨今ニュースでたびたび取り上げられる、子どもの虐待や不慮の事故。
その子どもの虐待や不慮の事故を防ぐためにも、今回の立法に至りました。
「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」の目的
「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」は、複数の機関や多職種専門家(医療機関、警察、消防、行政関係など)が、子どもの既往歴や家庭環境など、死亡に至る起因調査を行うことで、予防策を考え、防げるはずの子どもの死亡を減らすことを目的としています。
アメリカでは約40年前から取り組みが実施されており、イギリスでも約10年前に法制化されました。
現在は42の国と地域がCDRの設立が検討されています。
「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」の対象
2018年に国内で亡くなった18歳未満の子どもは、約3800人でした。
ほとんどが病死ですが、中には死因がわからないケースも含まれています。
死因として「他に分類されないもの」や「不慮の窒息」とされる死亡例を検証し、見落とされた虐待や事件、事故の発見につなげることができます。
現在の子どもの死因検証の担当省庁
- 子どもの虐待検証:厚生労働省
- 教育、保育施設等での検証:厚生労働省/文部科学省
- 学校でのいじめや事故の検証:文部科学省
- 消費生活用品に関わる製品事故:消費者庁
- 医療事故調査制度:厚生労働省
このように死因によって、現在は行政の縦割りが行われています。
しかし、CDR実施のためには、各都道府県を含む各機関が連携し、死因を調査し、情報共有と検証を行い、効果的な予防策を究明すること、また提言を行うことが重要であると考えられています。
解剖と遺族
全ての子どもの死因を検証するということは、全ての子どもの遺体を司法解剖することになります。
司法解剖や行政解剖は、遺族の承諾を必要としないが、それ以外の地域では、遺族の承諾が必要となります。
子どもを亡くした遺族にとって、遺体を解剖しなければならないというのは、非常に心痛いことであり、解剖を承諾しないケースも予想できます。
また、万が一死因が虐待によるものであった場合、虐待の発覚を免れるため、解剖を承諾しないというケースもあり得る事実です。
解剖ができなければ、「あの死は何だったのか」という不審死や、防げるはずだった子どもの死を減らすことができないままになってしまいます。
Ai(死亡時画像診断)の推進
2022年度から全ての子どもの死因を検証することは、解剖を避けられないという前提を大きく変える手法が注目されています。
「チームバチスタの栄光」の作者である海堂尊さんが、一貫して導入を提唱しているAi(オートプシイメージング)です。
この死亡時画像診断(Ai=オートプシイメージング)とは、非破壊検査法として提唱されています。
Aiは、CT(コンピュータ断層撮影法)やMRI(磁器共鳴画像法)などの装置で遺体を検査し、死因を究明できるという手法です。
2005年時点での国内のCT普及率は人口100万人あたり92.6台、MRIは35.3台と、国際的な平均値に比べて、6~7倍と格段に多く、Aiを行うことができる環境は、十二分に整っていると言えます。
しかし、現時点でAi単独での実施エビデンスがなく、まだ取り組むべき問題は多いです。
しかし、日本医師会のアンケートによると、40%近い病院がAiを実施しています。
「解剖は承諾できないけど、Aiであれば」というような、遺族の心理的負担を、少しでも減らすことができるのではという考え方は、Ai導入を推進する上で、非常に重要です。
まとめ
私が携わった行政解剖の中でも、子どもの例がありました。
子どもを持つ親として、やはり心苦しさを感じた一瞬もありました。
しかし、私はあくまでも医学的に中立の立場で死因を究明することが、私ができることです。
全ての解剖をAiで実施することには、まだまだ取り組むべき問題があります。
しかし、Aiの登場は、遺族の精神的苦痛を少しでも和らげることができると考えております。
また、4月より施行される「死因究明等推進基本法」と、2022年度より導入される「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」により、子どもの虐待や不慮の事故を防ぐことができる社会であることが重要だと考えております。
参考文献
日テレニュース24「全ての子どもの死因検証へ 虐待など再発防止」http://www.news24.jp/articles/2020/01/18/07580152.html
読売新聞 社説「子供の死因究明 事故の再発防止に生かしたい」https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20200126-OYT1T50228/
NDC Medical Times NDC Medicalニュース記事「解剖の種類とAiの特徴~医療事故調査制度の視点・論点(3)~」http://medical.nihon-data.jp/archives/3995
朝日新聞デジタル「死因究明の解剖率に地域格差 神奈川41%、広島は1%」https://www.asahi.com/articles/ASM8Z76KMM8ZULBJ00P.html
死因究明における死亡時画像診断(Ai)の意義 ―司法解剖を経験した交通死遺族との面接にもとづく検討― 白岩 祐子(東京大学 大学院人文社会系研究科) 唐沢 かおり(東京大学 大学院人文社会系研究科)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shes/16/1/16_25/_pdf
チャイルド・デス・レビュー:Child Death Review(CDR) 山中龍宏1)2) 1)緑園こどもクリニック 2)産業技術総合研究所傷害予防工学研究チームhttp://plaza.umin.ac.jp/~safeprom/pdf/Vol7Yamanaka.pdf
Wikipedia「オートプシー・イメージング」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B0
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